(旧)大阪新歌舞伎座 村野さんの設計したファサードデザインが残る外観

大阪というか関西が故郷なので何度も帰省してきたが、大阪難波にあった村野藤吾設計の大坂新歌舞伎座は見れなかった。 大阪新歌舞伎座が耐震ほか老朽化で解体されるのを知っていたが、本物を見れなかったのは残念である。 今その地に建つのはオフィスビルではあるが、低層部は、村野さんのデザインを継承してその形で新しく造られたファサードがくっついている。 大阪新歌舞伎座 大阪新歌舞伎座が竣工したのは1958年 村野さん67歳の設計 当時は今の難波の華やかさとはまったく異なる華やかさで囲まれていた場所に建った。 広い道路とその後ろにひそめく風俗施設。そして寒々とした界隈であったようだ。 そこに村野さん独特の品がある和洋折衷様式のこの建築が建ったのだから驚きである。 今、このようなデザインの建築を設計するというか設計できる人はいないでしょう。 大阪新歌舞伎座 高層部を含めたこの建物の設計は隈研吾氏。 隈さんは東京の歌舞伎座も設計しているからこうなったのでしょう。 村野さんデザインはこの建物の表層だけなので、はたして同じデザインをもう一度作ることに意味があるのか? などど、いろいろな意見が出てきましたが、この実物を見ると、やはり難波界隈ではとびぬけて個性があるのですよ。このファサード。 高層ビルは山ほどあるけど、圧倒的存在感。ランドマークになってます。 大阪新歌舞伎座 これからも沢山の建築関係者が見るだろうし、この時代に建てた痕跡が残るという事は、嬉しいことでもあると思いますね。